デンマークの介入が始まったのは
デンマークの介入が始まったのは、ルター派の国王クリスチャン4世が、プロテスタント国としてのデンマークの主権が脅かされるのを恐れ、反神聖ローマ帝国派の軍を支援したことがきっかけであった。 介入の期間は1625年から1629年まで続いた。クリスチャン4世の北ドイツに対する諸政策は、それまで大いに成功してきた(ハンブルクはデンマークの王権を1621年に受け入れることを強いられたし、1623年にはクリスチャンの息子をブレーメン=フェルデンの司教に就けることに成功していた)。一人の政治家としてもクリスチャンは卓抜な才能を示してきた。エーレスンド海峡の通行料とスウェーデンからの多額の賠償金を得て、デンマークは、ヨーロッパの他の国に比べると不相応とも言うべき程のである安定と富を握っていた。他に、デンマークに匹敵する強い財政力を手にしていたのは、バイエルンだけであった。フランスの宰相リシュリューがデンマークのドイツへの侵略に対して金銭的支援を行う意向を示していた点も財政を補強する好材料であった。クリスチャン4世は 20,000の国王軍を率いてドイツに侵略した。しかしルッターの戦いなどで敗退し、ヴァレンシュタインの神聖ローマ帝国軍にユラン半島まで侵攻を許し、ブレーメンやフェルデンの司教位を失い、デンマークの三十年戦争は終了した。
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スウェーデンの介入は1630年に始まり、1635年まで続いた。神聖ローマ皇帝フェルディナント2世宮廷の中にはヴァレンシュタインがドイツ諸侯を統制し、帝国に影響力を行使しると信じるものがいた。